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Posted on 7 月 17, 2005 under 08.一大決心! |
外泊の数日後『退院』の日程が決まった。
主治医が「家族と話したい」とのことで、彼に連絡するが、
「どうせ、俺がストレスになって、悪くしてると言いたいんだろ」
と、相手にしようともしなかった。
退院時には、母が暫く手伝うと、九州にいてくれた。
退院した足で、子供達のところに向かう。
母も一緒だ。
彼の実家で、久しぶりに子供達と遊ぶ。
ところが、トイレが近い・・・
それが気がかりで、外で遊んでやることがなかなか出来ない。
もどかしい・・・
そんな私に、彼サイドから言われた言葉。
「子供達は暫く預かるけん」
言われている意味が判らなかった。
「(今通わせている)保育園はもう1ヶ月行かせる約束をしてるから、ココに残していきなさい」
は~?
なに?
【もしかして、私から子供を奪う気?】
数日前に彼から【離婚】をほのめかされている私には、そうとしか思えなかった。
勿論反論したが、ねじ伏せられた。
母も何か言いたかっただろうが、今出ては余計にこじれると判断したようだ、黙っていた。
ただ、少々あきれていたようではあるが・・・
それに、私を“病気持ちにしてしまった”という負い目を感じていたそうで、気持ち的に、立場が弱かったのだとか。
夜、子供が眠る横で、母に
「もう一度話してみる」
意を決し、まだ起きている彼の実家メンバーの元に!
「今母が来ている間に、子育てに慣れたいし、退院したのに離れるなんて嫌です!!」
「お願いします、このまま一緒に帰らせてください」
土下座して懇願した。
返事は
「そう無理せんでいいから、1ヶ月休んで迎えに来ればいいことだから」
馬の耳に念仏・・・という感じ・・・
涙が溢れないわけが無い。
結局、一人で乗り込んでもダメだということが分った。
何も言えなくなった。
もう、「子供達をお願いします」としか言えなくなっていた。
福岡に戻り、思うことは
「子供は人質」
そして母は、義母からとんでもないデマを聞かされていた!!
Posted on 7 月 17, 2005 under 08.一大決心! |
福岡に戻って、母から聞かされたのは、
「実は、向うのお母さんから、あなたが病院の中で病室の人を追い出すくらいに暴れた!と言われたの」
私には、その意味がサッパリ分らない・・・
【私が暴れた?】
なんじゃそりゃ?
て、【そんなウソを彼が義母に言ったのか!?】
そう思うと、何だか怒りがこみ上げてきた!!!!
そんな根も葉もないことを吹き込んで、私の立場を追い込む考えが腹立たしかったし、そんな人だとは思いもしなかった。
その怒りを、彼にぶつけたいのだが、何せ子供達が【囚われの身】である。
何も言うことが出来ない。
そこで、県の『女性悩み相談』に電話をしてみた。
すると、「出来たら、こちらで話が聞きたい」と言ってきたので、日にちを予約し、その日までは母もいてくれることとなった。
彼はというと、あれから【離婚】という言葉を発することはなかったが、母が居るためかバツの悪そうな感じだ。
それでも、平然を装っているのに、余計腹の立つ私。
腸(はらわた)煮えくり返るとは、まさにこの事だと、つくづく感じる。
でも、甲斐甲斐しく料理を作ったりして・・・
だって、子供は【人質】
そして、気になるのは
「彼は、この後どうしたいのだろう?」
「どうするつもりなんだろう?」
「何で何も言ってこないの?」
不思議だった。
そんな気持ちを抱えつつ、相談の日。
母と向かう。
時間が決まられているため、そう長くは話せないが、大まかに話したところ、
「あなたは、離婚したいの?」
と聞かれた。
腸煮えくり返っても、別に嫌いになったというわけではなかったし、今は心のすれ違い段階だと解釈していた私、
「私自身離婚を考えてはいません」
そう答えた。
だが、相談員さんは「万が一の場合にの為に」と、家庭裁判所での【調停】について教えてくれ、次にも予約をしてココに来るように勧めてくれた。
いろいろな問題を抱えている現状を、心配してくれている。
何の解決にもならないが、ヒントをくれる場として、ありがたい存在である。
そして、翌日母は実家へと帰っていった。
孤独な闘いはこれからだ!
Posted on 7 月 17, 2005 under 08.一大決心! |
今回は、ちょっと息抜き(?)で、点滴後の止血の話。
点滴のみならず、採血でも、血管注射でも、必ず「○分は抑えてくださいね」と言われるはず。
キチンと止血しないと、貴重な血液が流れ出てしまうから・・・
それを怠ったばかりに、選択に迫られた体験談。
前回の入院では、少し太るために【脂肪】の点滴を末梢からしていた。
途中トイレに行きたくなったのだけど、容器の中には薬はもう少し・・・
トイレを今、我慢すれば、「両手が自由になって、楽なはず!」
と、点滴が終わるまで待ち、無くなったら速攻【ナースコール】
こういう時って、そんなに時間が経っていないのに、看護士さんの来る時間が長く感じるもの。
やっと来て、針が外され
「しっかり抑えてね」
と言うセリフも聞き流し、トイレに直行!!
一応抑えてはいたけど、IVHのスタンドはあるから、片手はスタンドを引きながらダッシュ!
やっとの思いで、個室に入ろうとしたら、右手に冷たい感覚が・・・
目を下にやる・・・・
「ぎゃ~~~~~っ」
心の中で叫んだ!!
流血~~~~
ダラダラ流れてる~~~
そこで、私は悩んだ
「ナースステーションに行くべきか、トイレが先か・・・?」
暫く入り口で悩んだ末に、行った先は・・・・
やっぱり・・・ナースステーション!
「こんなんなっちゃいました~」
「あーあやっちゃった~」
皆さん、止血を侮らないようにしてくださいね。
Posted on 7 月 17, 2005 under 08.一大決心! |
とうとう、念願かなって、子供達との生活が戻ってきた。
入院3ヶ月、人質(?)1ヶ月・・・
まだ、2歳の子供達は、会う度成長していて、間近でそれが見られない悔しさがあったけど、もう離れるもんか!!そう考えていた。
彼の方は、この1ヶ月の私の甲斐甲斐しさに少し、気持ちが変わったようにも思えたが、私の方に、気になることがあった。
それは、彼の金使いのこと!
入院中は男一人の生活で、外食も多いだろうから、預金が減っていても仕方が無いとは思っていたが、私の入院費も大してかからないのに、何故「積立定期」にまで手をつけなければならなかったのだろう?
疑心暗鬼・・・
そして、子供達が、社宅隣の保育園に通うようになって、間もない頃、私の不満、怒りが爆発することになった!!
ある日、部屋の中を掃除していた私、背の高いキャビネットの上を掃除した時に、その異変に気付いた。
「あれ?何で無いの??」
そこには、子供達の節句時などのお祝い金を、私が一時保管していた場所。
体調不良の為に、郵便貯金を引き伸ばしていた為、神棚的存在として、そこにお札や、破魔矢などと共に袋ごと、お金を置いていた。
それを何気なく持った私には、中身が無いのがすぐに分った!
彼は、そのお金を持ち出し、気付かれないように、袋のみそのままそこに戻していたのだ。
「あの人、子供たちまで裏切った!!」
「どうせ、パチンコにでも使ったんでしょう!!」
腹が立つやら、情けないやらで、涙が出てきた。
その時に私の心は決まった。
その日、保育園の園長先生に相談した。
「暫く園をお休みしたい」と・・・・
そして、実家の母に事情を説明。
数日後、ある事を決行した!
Posted on 7 月 17, 2005 under 08.一大決心! |
その日は土曜日だった。
子供達は、昼過ぎまで保育園へ。
私は、段ボールに自分と子供達の衣服を詰め、それを、運送屋が引き取りに来るのを、今か今かと待っていた。
週休二日の彼だが、この日は夕方まで仕事で居ない。
それまでに、決行しなくては!!
彼に宛てた手紙を書き、運送屋に荷物を渡すと、保育園に迎えに行く。
既に事情を園長先生に話していたので、挨拶もソコソコに急いで園を出、社宅に戻りタクシーを呼んだ。
タクシーの向う先は【福岡空港】
私は、まだヨチヨチ歩きの子供達と共に、飛行機に乗り、羽田に向った!
福岡では、登場口まで一台ベビーカーを借りたので、少しは楽だったけど、羽田に着いて、到着口までの道程が大変だった。
荷物を下げ、二人の手を引く。
まだ、エスカレーターに乗れない二人故、全て階段を使う。
一段一段ゆっくりと・・・
その横をエスカレーターの人達が、ジーっと見て過ぎていく。
やっと、到着出口に!
そこには、母が待っていた。
母は開口一番
「どこの難民の人かと思ったよー」
そう、私は家出してきたのだ。
夫婦喧嘩するとやる
「実家に帰らせてもらいます!!」
というやつ。
彼に宛てた手紙には
【あなたは、私だけでなく、子供達まで裏切った!暫く子供達を連れて、実家に戻ります】
と書いて、テーブルの上に置いてきた。
通帳の残高8万円と、我が父が以前渡して彼が拒否した20万円を持って・・・
私には、お金にルーズすぎる彼が許せなかった。