Posted on 1 月 02, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
私は子供の頃から、スグお腹をこわすタイプ。
スーパーの生鮮食料品売り場に行くと、逃げ出していました。
でも牛乳が大好きで、ごくごく飲んではトイレに駆け込む!!だけど飲んでしまう位好きでした。
そんなことがあっても、特に気にしてなかった。
「あっ・また痛くなったー」という位。
ところが、専門学校を卒業し、就職すると少々事情が違ってきた。
電車に乗ると必ず腹痛を起こしてしまうように!各駅停車しか乗れない。(いつでも降りてトイレにいけるように)
かなり苦痛になり、仕事を辞めることに。
同時に病院へ。
やはりと言う感じで「過敏性腸症候群」と診断が。
自分でも精神的なものだろうと、都内の大学病院、心療内科に自らかかり、半年ほどプーの状態・・・ところが・・・
それを脱却させてくれたのが、「トヨタ・プリティー」のオーディションでした。
応募した後、電話で「説明会があるので、来てください」とのこと。
行ってみれば、綺麗な人達ばかり。
『説明会』との事なので、気楽に質問などして帰ってきたら、「1次に通過しました」の連絡!これには私も驚いた。何百人中の30人だったかな?
しかし、2次選考は筆記・・・大学・短大生に勝てるわけもなく、落選したが、これがきっかけで、イベントコンパニオンをやってみようと思うようになった、自惚れ屋の私だった。
Posted on 1 月 03, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
沢山の展示会、キャンペーンなどの仕事をさせてもらい、更には『グリーンウエーブ相模原』という博覧会ステージの舞台監督までさせてもらって、イベント三昧。
この仕事によって、ナレーター・MCなどの仕事の違いを勉強させてもらった気がします。(仕事のことについては、ここでは省略しますね)
その後も、バーでのDJレギュラーや、イベントMC、ナレーションなどもするようになり、指名で仕事がもらえる様にまでなってきた私は、心も大分充実していた。
ただ、電車は相変わらず苦手で、ラッシュの時間などは、早めに出て現場に着いてから食事をしなくては、心配で仕方が無かった!(途中トイレなどで、時間をとってもいいように)
傍から見ると、仕事も順調で、何の悩みも無さそうに見えたのだろうが、私には大きな悩みがあった。
それは・・・恋愛!と言いたい所だが、他にあったのです。
Posted on 1 月 05, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
確かに恋愛でよく悩んだりしたけど、根本的悩みが幼い頃からあった。
それは【家庭】
特に父の存在!
とにかく、自分が1番でないと気が済まない人で、自分の話はよくするが、人の話は聞かない。
母や、娘がただ意見するだけで「俺に指図するのか」という受け取り方。
ただ、「こうしたらどう?」と言っただけなのに・・・
だから、夫婦喧嘩と言っても、ただ一方的に母が罵られているもので、そこに私が出て行けば、更に大騒動に発展!そして、私の方に矛先が・・・
でも結局母は、父に従う為に私と衝突!
私の居場所が無かった。
よく家に居るのに「帰りたい」と心の中でつぶやいたりしたな。何処と聞かれると、応え様が無いけれど・・・
居場所の無い私は、深夜に仕事を終え、終電で地元に戻るが、行きつけのバーで時間を過した。
殆ど寝ずに次の現場へと向かう毎日・・・
父、そして母とも顔を合わせたくなかったし、合わせていなかった。
心配してくれているのは感じてはいるが、私が心を開くと、また騒動になるから。
そんな、生活を続けていて、健康であるはずは無いというのも、薄々感じてはいたのだけれど・・・
そんな中、彼との出逢いがあった。
Posted on 1 月 06, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
その日私は、ある展示会の大企業のナレーターをしていた。
何日間かのイベントだが、その2日目、隣の同グループ会社の説明員が、私のナレが始まると、何かと笑わそうとしてくる。
原稿をふと頭の中から忘れてしまいそうになり「やな奴!」と思っていたし、凄く嫌な別れ方をした元彼に似ていて、更に「親戚だったりして・・・」といい印象を持たなかった。
でも本当に親戚かもと思うほど似ていたので、その会社の女性に「あの人名前何て言うのですか?」と聞いてしまった。
(全く関係ないことが判明したが)
その日は何事も無く「おつかれさまでした」と別れて、向こうはこの現場が、今日だけと聞き、安心して翌日、順調に仕事を進めていたら、なんと!その人がお昼過ぎに現れたではないですか!
彼曰く「昨日名前を聞いてくれたそうで」
驚いた!それだけの為に、わざわざ仕事を抜け出してきたのか?
丁度、私が遅い昼休憩だったので、一緒に食事をし、携帯番号を交換。
友達は大歓迎だからなんだけど。
そうしたら、早速その夜から電話が・・・
で、彼とお付き合いする気もない私の遊びに、着いてきたり・・・妙な関係が始まったのです。
その彼が今後の私の人生を左右する存在になるとは、微塵も思わずに。
Posted on 1 月 07, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
彼とは、私自身友達のつもりで、一緒に出掛けたりしたし、飲みに出掛けたりも。
そんなある日、一つのプレゼントを渡された。
【ダイヤのネックレス】
かなりの大きさの石だったので、驚く私に「自分と付き合って欲しい」と言われた。
渡されたものを考えると、「結婚を前提に」なのだろうが、嫌いではないし、これから互いを知るためにと、OKし付き合うように。
その歳の大晦日、ただ何となく付き合っていた私の思いに変化が起こる出来事があった。
毎年私は、いつも通っているバーでカウントダウンに参加していたので、この日も彼を連れて行ったところ、なんと、物凄く嫌な別れ方をした元彼が、彼女を連れてきていたのだ!
デリカシーのない元彼に腹の立った私。
歩けないほど酔ったことが無かったのに、この日はグテングテンに酔って、泣き上戸。
事情を知っている彼に散々心配を掛けてしまった・・・
そして、彼が私に「あの人のことを忘れさせてあげるから」と包み込んでくれ、その優しさが嬉しくて涙がこみ上げたのを、今でも忘れない。
ところが、私には既に心配なことがあった。
その数日前に、便にかなりの血が混ざっていたことが!
その時には「もしかしてガン?」と身震いした。
でも、一時的なものだと、自己暗示して、それからの日々を過していたのです。
しかしお正月、彼の上司宅に一緒に行く約束に、あまりの腹痛・下痢で出掛けることがなかなか出来なかった。
携帯へと状況を説明するが、「待ってるから」といわれ、何とか出掛けていった。
しかしその時、気持ちは病院へと向いていたのでした。
Posted on 1 月 08, 2005 under 01.UCと判るまでの私 |
正月三が日を彼と過していても、お腹の痛みで、上の空。
やっと近所の総合病院へ駆け込んだのは、4日の日だった。
先生の問診で、今の状況を伝える。
すると「検査入院しましょう」とのことだった。
元来病院嫌いの私が、意を決して出向いた先で、「入院」と言われ、頭が混乱。
入院・・・「やっぱりガン?」とも!
そのまま、入院の予約。
先生の話では、10日前後の入院との事だったので、少しは気持ちが楽になった。
家に帰り家族に、その旨を報告。
流石に驚いていた。
入院前に彼と近くの動物公園へデート。
1月8日だった記憶がある。
その時は、体調もよく、楽しい時間だった。
「退院したらまた何処か行こうね」と約束し、2日後入院となったのでした。
その入院が想像を超えた展開になろうとは・・・