潰瘍性大腸炎(UC)という病気

Posted on 1 月 01, 2005 under 00.はじめに | No Comment

エッセイを書き始める前に、少しだけどんな病気かを説明しておきます。
文字通り『大腸に潰瘍・炎症が起こる病気』
こんな風に書くと、病気を持ってる人に怒られてしまうかな?

症状は激しい腹痛・下痢・下血など(微熱が出たり、さまざまな合併症を引き起こす人も!)

治療は、炎症を抑える内服薬、その中には『ステロイド』を使う場合も・・・その他にも随分と、有効と言われる、治療法が出ているみたいだが、どうしてもダメな場合は、【大腸全摘】のオペをすることに!

ちなみにこの病気、性質が悪くて「原因不明」と言うことで、国の特定疾患に指定されている、いわゆる『難病』です。

私の場合、最終手段【大腸全摘】となってからは、病気について、かなり疎くなってしまいました。
もし、詳しくお知りになりたい方は、「難病情報センターの潰瘍性大腸炎について」や【参加リング】に、たっくさん書かれているはずですので、読んでみてください。

私はあくまで、病気を持った者の心、看病する側の気持ちに触れて行きたいと考えています。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 02, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

私は子供の頃から、スグお腹をこわすタイプ。
スーパーの生鮮食料品売り場に行くと、逃げ出していました。
でも牛乳が大好きで、ごくごく飲んではトイレに駆け込む!!だけど飲んでしまう位好きでした。
そんなことがあっても、特に気にしてなかった。
「あっ・また痛くなったー」という位。

ところが、専門学校を卒業し、就職すると少々事情が違ってきた。
電車に乗ると必ず腹痛を起こしてしまうように!各駅停車しか乗れない。(いつでも降りてトイレにいけるように)
かなり苦痛になり、仕事を辞めることに。
同時に病院へ。
やはりと言う感じで「過敏性腸症候群」と診断が。
自分でも精神的なものだろうと、都内の大学病院、心療内科に自らかかり、半年ほどプーの状態・・・ところが・・・
それを脱却させてくれたのが、「トヨタ・プリティー」のオーディションでした。
応募した後、電話で「説明会があるので、来てください」とのこと。
行ってみれば、綺麗な人達ばかり。
『説明会』との事なので、気楽に質問などして帰ってきたら、「1次に通過しました」の連絡!これには私も驚いた。何百人中の30人だったかな?
しかし、2次選考は筆記・・・大学・短大生に勝てるわけもなく、落選したが、これがきっかけで、イベントコンパニオンをやってみようと思うようになった、自惚れ屋の私だった。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 03, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

沢山の展示会、キャンペーンなどの仕事をさせてもらい、更には『グリーンウエーブ相模原』という博覧会ステージの舞台監督までさせてもらって、イベント三昧。
この仕事によって、ナレーター・MCなどの仕事の違いを勉強させてもらった気がします。(仕事のことについては、ここでは省略しますね)
その後も、バーでのDJレギュラーや、イベントMC、ナレーションなどもするようになり、指名で仕事がもらえる様にまでなってきた私は、心も大分充実していた。

ただ、電車は相変わらず苦手で、ラッシュの時間などは、早めに出て現場に着いてから食事をしなくては、心配で仕方が無かった!(途中トイレなどで、時間をとってもいいように)

傍から見ると、仕事も順調で、何の悩みも無さそうに見えたのだろうが、私には大きな悩みがあった。
それは・・・恋愛!と言いたい所だが、他にあったのです。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 05, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

確かに恋愛でよく悩んだりしたけど、根本的悩みが幼い頃からあった。

それは【家庭】
特に父の存在!

とにかく、自分が1番でないと気が済まない人で、自分の話はよくするが、人の話は聞かない。
母や、娘がただ意見するだけで「俺に指図するのか」という受け取り方。
ただ、「こうしたらどう?」と言っただけなのに・・・
だから、夫婦喧嘩と言っても、ただ一方的に母が罵られているもので、そこに私が出て行けば、更に大騒動に発展!そして、私の方に矛先が・・・
でも結局母は、父に従う為に私と衝突!

私の居場所が無かった。
よく家に居るのに「帰りたい」と心の中でつぶやいたりしたな。何処と聞かれると、応え様が無いけれど・・・

居場所の無い私は、深夜に仕事を終え、終電で地元に戻るが、行きつけのバーで時間を過した。
殆ど寝ずに次の現場へと向かう毎日・・・

父、そして母とも顔を合わせたくなかったし、合わせていなかった。
心配してくれているのは感じてはいるが、私が心を開くと、また騒動になるから。

そんな、生活を続けていて、健康であるはずは無いというのも、薄々感じてはいたのだけれど・・・

そんな中、彼との出逢いがあった。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 06, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

その日私は、ある展示会の大企業のナレーターをしていた。
何日間かのイベントだが、その2日目、隣の同グループ会社の説明員が、私のナレが始まると、何かと笑わそうとしてくる。
原稿をふと頭の中から忘れてしまいそうになり「やな奴!」と思っていたし、凄く嫌な別れ方をした元彼に似ていて、更に「親戚だったりして・・・」といい印象を持たなかった。
でも本当に親戚かもと思うほど似ていたので、その会社の女性に「あの人名前何て言うのですか?」と聞いてしまった。
(全く関係ないことが判明したが)

その日は何事も無く「おつかれさまでした」と別れて、向こうはこの現場が、今日だけと聞き、安心して翌日、順調に仕事を進めていたら、なんと!その人がお昼過ぎに現れたではないですか!
彼曰く「昨日名前を聞いてくれたそうで」
驚いた!それだけの為に、わざわざ仕事を抜け出してきたのか?

丁度、私が遅い昼休憩だったので、一緒に食事をし、携帯番号を交換。
友達は大歓迎だからなんだけど。
そうしたら、早速その夜から電話が・・・
で、彼とお付き合いする気もない私の遊びに、着いてきたり・・・妙な関係が始まったのです。

その彼が今後の私の人生を左右する存在になるとは、微塵も思わずに。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 07, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

彼とは、私自身友達のつもりで、一緒に出掛けたりしたし、飲みに出掛けたりも。
そんなある日、一つのプレゼントを渡された。
【ダイヤのネックレス】
かなりの大きさの石だったので、驚く私に「自分と付き合って欲しい」と言われた。
渡されたものを考えると、「結婚を前提に」なのだろうが、嫌いではないし、これから互いを知るためにと、OKし付き合うように。

その歳の大晦日、ただ何となく付き合っていた私の思いに変化が起こる出来事があった。
毎年私は、いつも通っているバーでカウントダウンに参加していたので、この日も彼を連れて行ったところ、なんと、物凄く嫌な別れ方をした元彼が、彼女を連れてきていたのだ!
デリカシーのない元彼に腹の立った私。
歩けないほど酔ったことが無かったのに、この日はグテングテンに酔って、泣き上戸。
事情を知っている彼に散々心配を掛けてしまった・・・
そして、彼が私に「あの人のことを忘れさせてあげるから」と包み込んでくれ、その優しさが嬉しくて涙がこみ上げたのを、今でも忘れない。

ところが、私には既に心配なことがあった。
その数日前に、便にかなりの血が混ざっていたことが!
その時には「もしかしてガン?」と身震いした。
でも、一時的なものだと、自己暗示して、それからの日々を過していたのです。

しかしお正月、彼の上司宅に一緒に行く約束に、あまりの腹痛・下痢で出掛けることがなかなか出来なかった。
携帯へと状況を説明するが、「待ってるから」といわれ、何とか出掛けていった。

しかしその時、気持ちは病院へと向いていたのでした。

UCと判るまでの私(?)

Posted on 1 月 08, 2005 under 01.UCと判るまでの私 | No Comment

正月三が日を彼と過していても、お腹の痛みで、上の空。
やっと近所の総合病院へ駆け込んだのは、4日の日だった。

先生の問診で、今の状況を伝える。
すると「検査入院しましょう」とのことだった。
元来病院嫌いの私が、意を決して出向いた先で、「入院」と言われ、頭が混乱。
入院・・・「やっぱりガン?」とも!
そのまま、入院の予約。
先生の話では、10日前後の入院との事だったので、少しは気持ちが楽になった。
家に帰り家族に、その旨を報告。
流石に驚いていた。

入院前に彼と近くの動物公園へデート。
1月8日だった記憶がある。
その時は、体調もよく、楽しい時間だった。
「退院したらまた何処か行こうね」と約束し、2日後入院となったのでした。

その入院が想像を超えた展開になろうとは・・・

初めての入院(?)

Posted on 1 月 09, 2005 under 02.初めての入院 | No Comment

生まれて初めて、病院でのお泊り。
検査入院で、10日間ほど。
大きな仕事が控えているが、余裕で退院出来る。
そう思いながら、病室へ。
6人部屋。
見渡しても、同年代の方・・・いない。
地方の総合病院、内科病棟に、若い子は殆どいないそうで・・・
お得意の笑顔でご挨拶。

若くして入院すると、同室の人は同情の目で見る。
だから、注目の的!
すると恥ずかしいのが、トイレ。
お腹が痛くて、直行したいが、初めての入院で慣れていないし、そんなにチョクチョク行ったり来たりするのを見られるのも、嫁入り前の私には、恥ずかしくて・・・

究極は、あまりにトイレに通う私を見るに見兼ねたのか、ベッド脇にポータブルトイレを置いてくれた時。
トイレは近くなったけど、その度カーテンを閉め、・・・するわけで・・・病室の人は事情を把握し始めたけど、そのお見舞いの人が来るたび、恥ずかしかったのは言うまでも無い。

さて、入院初日の話に戻るが、一応彼に病室の番号をスグに伝えた。
「土日にでも来てくれればいいや」
と思いながら・・・

そろそろ初日の面会時間終わりの20:00が迫る頃、そろ?っと男性一人。

彼だった!

まさか、初日に来てくれるとは思わず!!
嬉しかった。
その日、お腹は痛く、体調は最悪だったけど、彼の出現で、少し和らいだような気がした。

初めての入院(?)

Posted on 1 月 10, 2005 under 02.初めての入院 | No Comment

あれから彼は、仕事を終えて時間があれば、宿舎が反対方向であるにもかかわらず、毎日のように来てくれた。

友人も大勢、見舞ってくれ、ある日ベッドをグルッと囲むような状態に!
感激である!!
しかし、狭い病室・・・周りには恐縮だったなぁ?

検査入院なので、一通りのものをした。
採血は勿論、入院必須の心電図・腹部エコー・レントゲン・・・更に点滴・・・
最初は何だか分らず、言われるがまま、するがままで、後はトイレにダッシュ!の日々だった。
そして、最大の難関がやってきた、【内視鏡検査】その前には【注腸検査】があって、お尻からバリュームを入れ、炎症の範囲を見る。
腸の中のバリュームが、上手くいきわたるよう、機械が横になったり、斜めったり・・・心の中は「なんかのアトラクションみたい」
でもお腹に空気入れられた時には「私カエルだよー」と思ったっけ・・・

さて、特に難関と看護婦(当時は看護士ではなかったので)さんが皆口を揃えて言う【内視鏡検査】
前日から、検査食は勿論だが、下剤を飲み、翌朝更に2リットルの下剤を飲まなければいけないのだ・・・
美味しいものではないのは、言うまでも無い。
そして、検査はお尻からカメラを入れて、炎症の状態を見る。

散々「大変だよ?」と洗脳されていたので、「何だこんなものか!」で終わった。
モニターで自分の腸の中を見るなんて、面白い。

その結果が、Dr.から言い渡されたのは、母が来た夕方だった。

告知

Posted on 1 月 11, 2005 under 02.初めての入院 | No Comment

【潰瘍性大腸炎】です。
何処で言われただろうか?その言葉を言われたのは覚えている。

てっきり、「ガン」だと思い込んでいた私は、その瞬間「ホッ」とした。

Dr.の話には続きがあった。
「この病気は難病で、今の所治る見込みが無い」
その時私の頭の中では
『えーっ・治療費どうしよう?』だった。
ウソのような本当の話である。

Dr.「特定疾患の申請をすれば、医療費がタダになりますから、保健所に申請をして下さい」

『タダ?本当?入院費も?なーんて安上がりな病気なんだー』
これも、ウソのような本当の話。
(現在は、特定疾患も治療費は患者一部負担になり、2003年10月から、負担額の制度改正がある)

とにかく【ガン】でなかったことに安堵して、そう思ったのだ。
だって、【難病】と言っても命に係るものでは無いそうだし・・・

しかし、この病気難病と言われるだけあり、その後治療法の選択で、悩んでしまうことになった。